今大会については終了後に、従来の大会実行委員長による開催報告(=本稿)とともに、新たな試みとして、本学会に入会し初めて大会に参加した新会員の目線からの「大会参加レポート」 も寄稿いただきました。ぜひ合わせてご覧ください。【大会実行委員会】
学会という組織体が持つリズムにおいて、大会はひときわ大きな脈動をうつ特別なタイミングであるはずです。多くの会員、あるいは非会員も含め、一つの学問領域に関心を寄せる人々が一堂に集う。そしてその学問領域の現在地を確認するとともに、これから向かっていくべき方向を指さし合う。いま現在の記号学会という組織にとって、この大会という場をどのように設計すべきであるのか。こうしたことを思い悩んだ結果としてたどり着いたのが、「パース記号論のフロンティア」という大会テーマでした。
そもそも記号学会とはどのような学会か。大会内の趣旨説明の場でも申し上げましたが、この問いに改めて向かい合ったときに浮かび上がってきたのが、「野蛮」という言葉でした。
記号という概念は、どこにでも入り込み、居場所を見つけてしまいます。設立趣意書は哲学から建築、映画、音楽までを記号の探究の場として挙げ、学会誌の創刊号には言語学者から建築家、画家までが筆を執りました。分野を越えて広がるこの「遠心力」こそが記号学会の「野蛮さ」であり、魅力です。他方で、かつてその広がりを束ねていたのは「記号とは何か」という問いの「求心力」でした。では、いまの求心力はどこにあるのか。そこで考えたのが、社会学者のマートンによる「中範囲の理論」になぞらえた「中範囲の記号論」です。個々の領域で練り上げられてきた複数形の記号論が、パースを参照点として出会う。そのハブとして記号学会を捉え直すことが、今回の大会の企図でした。
セッション1「生命と目的の記号論」(チェア:佐古仁志)では、「たぐい」の人類学、原生生物の行動研究(釜屋憲彦氏)、母子間相互作用の計算モデル(堀井隆斗氏)を通して、目的という概念そのものが問い直されました。セッション2「生活と道具の記号論」(チェア:加藤隆文)では、縄文・弥生の物質文化(松本直子氏)と医療器具の創造的な流用(小林茂氏)が、アブダクションを介してニッチ構築の議論として結ばれました。セッション3「出来事と社会の記号論」(チェア:野澤俊介)では、出来事の生成を捉える言語人類学(榎本剛士氏)と、「フィクションとしての社会」を論じる文化心理学(土元哲平氏)が交差しました。
全体討議では、集まると集団として最適化して動くラッパムシが「カプセルホテルのよう」と評されて会場が沸き、ロボットは生命と地続きなのかといった問いへと議論が広がりました。締めくくりに触れたのは「たぐい」という言葉です。考えも枠組みもばらばらな私たちが、それでも〈記号〉という概念をめぐって相互調整を回し続けている。ゴールの共有ではなく、その相互調整が回り続けていることこそが「たぐい」なのだとすれば、記号学会とはまさにそうした場なのかもしれません。
なお本大会の内容は、来年度の大会をめどに叢書『セミオトポス』として書籍化される予定です。大会という脈動が残したものを、ぜひ誌面でも受け取っていただければ幸いです。
谷島 貫太(大会実行委員長・二松学舎大学)
