2020年11月14・15日に日本記号学会第40回大会が京都大学稲盛財団記念館にて行われました。当初同年5月に予定されていた今回の大会ですが、COVID-19の感染拡大にともない、11月に延期しての開催となりました。延期決定後も日程の決定などが遅延し、学会員の皆様にはご心配をおかけしましたこと、この場を借りてお詫び申しあげます。
今回の大会では、学会にとって節目となる第40回大会として、これまでの大会でも繰り返しとりあげられ、また学会設立20周年を記念して刊行された『記号論の逆襲』(2002)でも特集としてとりあげられた〈生命〉を中心に、「記号・機械・発酵──「生命」を問いなおす」を大会テーマとしました。
1日目のセッション1では、上述『記号論の逆襲』の共編者でもあり、第13回大会「生命の記号論」(1993年、甲南大学)以降、記号論と生命論の接点を探求してきた室井尚会員(2001〜06年度会長)に、「生命と記号論」と題して基調講演を行っていただきました。室井元会長の基調講演は、上記の甲南大学大会以降、記号学会が〈生命〉というテーマをどのような文脈で扱ってきたかを明らかにするものであったと同時に、そのコンテクストを踏まえ、今回大会における中心的なテーマとして、生命活動までがネットワークのなかにおいてすべて統御されているサイバネティクス的な世界観へのオルタナティヴな生命観を記号論は提示できるのか、という問題を提示するものでもありました。
続く第2セッション「機械生命論」では、司会の吉岡洋会員(2010〜15年度会長)から、機械論的生命観と生気論に代表されるロマン主義的(?)生命観との対立について問題提起がなされたあと、磁性流体を用いた一連の作品で知られるメディア・アーティスト、児玉幸子氏、小鳥の鳴き声様の音を発する装置を使ったインスタレーションを制作している三原聡一郎氏のお二方にご登壇いただきました。
翌日の第3セッションでは、「分解と発酵の記号論」と題して、『分解の哲学』の藤原辰史さん、情報学者でもありNukaBotの開発者でもあるドミニク・チェンさん、そして本学会より増田展大会員のお三方に報告をいただきました。前日までの生命をどう捉えるかという問題、あるいは生命/機械という図式に、さらに分解/発酵という概念が加わったばかりではなく、これらの問題系のなかで人間をどのように位置づけるかという問題をめぐってさまざまな議論が交わされました。また、その後の記号学会恒例のバトルロワイヤル式(?)全体討議では、檜垣立哉会員より、膜を作り外界と自身を区別しようとする生命のありかた、またそのようなものとして個体の死というテーマも提起されました。これらのテーマは次回大会に引き継がれることを期待したいと思います。
今回の大会について、もう一つぜひとも記しておきたいのは、山城大督さんをはじめとする京都芸術大学のチームによって、対面/オンライン併用のハイブリッドという形式で開催されたことです。ご協力いただいたみなさんにこの場を借りて感謝するとともに、ハイブリッド開催の経験が、今後の学会(大会だけではなく)のありかたに示唆を与えるものであったこと、そして対面での開催を期待する会員諸兄の切実なお気持ちも、ここにあわせて記しておきたいと思います。
河田 学 (京都芸術大学)