日本記号学会第27回大会は、 米沢市・学園都市推進協議会のご後援のもとに、本年5月12日・13日に山形県立米沢女子短期大学で開催されました。今大会は「写真」をメインテーマとして取り上げるものでしたが、いわゆる記号学的なアプローチにとらわれず、対象としての写真そのものに肉薄しようという企図から、大会テーマタイトルを「Unveiling Photograph —立ち現われる写真」と銘打って、写真家や写真研究者を中心にゲストスピーカーを招き、現代写真の実践と研究にかかわる諸問題について広く議論していただきました。
1日目の総会では室井尚前会長・岡本慶一事務局長からの活動報告に加えて、菅野盾樹新会長の就任挨拶が行なわれ、そこで示された学会活動の活性化についての新たな展望に、参加者一同学会の興隆への決意を新たにする総会となりました。
総会後は企画プログラムに入り、まずはオープニング・ダイアローグとして、美術家・池田朗子氏と写真研究者・小林美香氏による対談「ミルマニアの視点〜写真は何次元か?」が行なわれ、会場で行われた展示企画、池田氏の作品「their site/your sight@米沢」を鑑賞しながらのスタートとなりました。日常風景の何気ないスナップ写真から人物等を切り抜いて直立させる池田氏の作品は、「見る」という体験に新たな「次元」を加える芸術実践の一であることが、小林氏の面白可笑しくも鋭い指摘から導かれました。
次に写真家・石内都氏による「石内都、自作を語る」が吉岡洋氏を聴き手として行なわれました。最初に石内氏自身による解説を交えながらフォトDVDが上映され、石内氏がカメラという「武器」を握って最初に入っていった町である横須賀の写真を軸として石内氏の作家活動のルーツが語られました。後半は吉岡氏とのトークや会場との質疑応答が展開され、最新作『INNOCENCE』を中心に実際の撮影活動に関するさまざまの疑問について、作家である石内氏自身からストレートに興味深いお話をうかがうことができました。
その後、市内のホテルに会場を移し、開催校の遠藤恵子学長の挨拶にはじまる懇親会が行なわれて1日目は終了。山形・米沢を意識してご準備いたしました料理・地酒・ワイン等を大いに楽しんでいただけたのではないかと思います。
2日目は、まず学会員による個人研究発表が行なわれ、河田学氏「写真の透明性について —ケンドール・ウォルトンのリアリズム的写真観をめぐって」、清塚邦彦氏「写真のリアリティと演技的な態度 ―K・L・ウォルトンの透明性テーゼをめぐって―」、岡安裕介氏「ハレ・ケ再考」、植田憲司氏「ケータイのメディア考古学 ―隠されたイメージをめぐって―」の4つの発表が行なわれました。本数としては少なめでしたが、どの発表においても議論が忌憚なく活発に行なわれたのは、本学会にふさわしいあり方であったと思われます。なお途中、マイク設備の不具合でご迷惑をおかけした場面がありました。発表者・参加者の皆様に、この場を借りてあらためてお詫び申し上げます。
学会員の研究発表の後、再びテーマ企画プログラムとしてラウンドテーブル「写真研究のトポグラフィ —写真の語り難さについて」が午前/午後の2部構成で行なわれました。これは3人の写真研究者によるプレゼンテーションと討議によって、写真研究が現在直面している情況を詳細にし、今日写真について語るための方法論を探ろうという企画でした。まず、神戸大学の前川修氏から「写真論の現在 — 語りにくさと騙りにくさ —」の論題で、写真と写真をめぐる言説の多様化について、80年代以降の写真理論と写真研究を振り返った上で、理論的に行き詰まったかのように感じられる写真研究を捉え直すためのいくつかの視点の可能性が示されました。ついで、大阪芸術大学の犬伏雅一氏からは「展覧会に現れたキュレータの逡巡」との論題で、2006年に韓国で開催された大邱フォト・ビエンナーレの展示形式の問題が事例として取り上げられ、現代における写真とアートの関係から写真を語るコンテクストの複数化についての議論が提起されました。さらに大阪成蹊大学の青山勝氏からは「写真の黎明期におけるある微細な混乱について」との論題で、ダゲレオタイプをめぐる当時の諸言説が分析され、「発明」と「発見」という用語の混乱を押し隠しながら進められてきた写真の言説化が、今日の「写真の語り難さ」に至る理念的な亀裂の一因となっていることが詳細にされました。第2部の討議においては、それぞれのアプローチを踏まえた上で、特に写真とアートとの関係を中心に会場からの質疑を含めて議論が展開されました。やや時間切れの感がある討議でしたが、既存の枠組みを超えた現代の写真実践に今後の写真研究がどう対応していくのか、建設的な意見交換ができたのみならず、さまざまの手がかりが提示されたラウンドテーブルでした。
今大会の最後には、写真家・細江英公氏による講演「細江英公の球体写真二元論」が行なわれました。これは今大会の開催地である米沢出身の細江氏にぜひお話しいただこうという、山口昌男氏のたっての希望によって実現した企画であり、細江氏は前日に米国から帰国という強行スケジュールにも関わらず、意気揚々と参加されました。デビュー前後の秘話や作品の制作にまつわる話、さらには三島由紀夫や土方巽との交流を時にユーモアを交えて話す細江氏からは、「人間写真家」の名にふさわしい、写真と人とのつながりを語っていただきました。さらに山口昌男氏からは、写真家・細江英公氏の歩みと記号学の歩みの時代的な歩調の妙についてのコメントをいただき、両先生ががっちりと握手を交わされたところで大きな拍手の中で閉会を迎えることとなりました。
さて、今大会は地方開催ということで、移動や宿泊・昼食等、参加者の皆さんにはさまざまなご不便をおかけすることになりましたが、南東北の近隣大学からも教員や院生・学生の方にご参加いただけたこともひとつの収穫であります。今回、「写真」というテーマをめぐって真摯で活発な議論がなされたことが、今後の学会活動を展開していく上で、新しい記号学の足がかりとなれば、と考えております。
末尾になりますが、参加者の皆様、学会員の皆様、誠にありがとうございました。
第27回大会報告
大会実行委員長 小池隆太